世間一般では、美男美女であるための条件として、「顎がシャクレていないこと」がまず挙げられる。
古今東西、イケメン!とかかわいい!と言われている人達を思い返して見ても、顎はシャクレていない。
最近再結成したメタルバンドのボーカルも、日本一有名なプロレスラーも、決して「男前」では無い。
つまりシャクレは通常マイナスポイントとみなされているのである。
シャクレは異性を寄せ付けないのである。
しかし、
時として理では説明出来ないことが起こる。
綾瀬はるかだ。
綾瀬はるかは、それはもう疑う余地の無い程の美女だ。
反論は受け付けない。
だが顎はシャクレている。
だが美女だ。
だがシャクレだ。
これは先ほどの、シャクレと美とは水と油だ、と言う結論と矛盾する。
だがそれでも綾瀬はるかはシャクレであり美女なのだ。
いや、むしろ、シャクレであるからこそ美女なのだ!
想像してみて欲しい。
顎のシャクレていない綾瀬はるかを。
確かに美しいだろう。
だが、それはあくまで美しいよね、でスルーされてしまうレベルの美しさになってしまう。
映画に出演したとしても、ワンオブゼム、その辺に良くいるボインちゃんで片付けられてしまうだろう。
見終わった後に、「くやしいけど…気になる…」とはならないだろう。
つまりあの忌まわしき、長年生きとし生けるもの全てに課せられてきた十字架とも言えるシャクレを、奇跡的なバランスで他のパーツと組み合わせることにより、打ち消すどころか自らの武器にまで昇華させているのだ。ディスイズサブリメーション。
そう。
綾瀬はるかを綾瀬はるかたらしめているものは、顎なのだ。
シャクレこそ、綾瀬はるかなのだ!
ここで僕は思う。
音楽にも同じことが言えるのではないだろうか、と。
心に残る音楽、愛すべき、耐久性のある音楽とは、みなシャクレているのである。
うるさい系の有名所で言えばスリップノット、コーン、システム、メタリカ…ご存知みんなシャクレだ。
シャクレを他の要素に奇跡的に融合させて唯一無二の音楽を作っているのだ。
シャクレだ。
シャクレ。
All you need is シャクレ。
シャクレ is my business...and business is good
シャクレを恐れるあまり、右耳から左耳へ抜けるような音を作りたくは無い。
少なくとも今はまだその時期じゃない。
エビちゃんや絢香よりもやはり綾瀬はるかや宮崎あおいになりたい。
シャクレを恐れるな。
絶望とさえ打ち解け、孤独とすら親友になり、シャクレをも味方に付けることが出来たとき、海外の物真似で終わらない真にオリジナルなヘヴィロックを奏でられるのだと、僕は信じる。
2009年3月15日 riotcode ボーカル 鬼頭佑輔